郁文堂機関誌「Brunnen」2018年10月号掲載

 

影が見せるアートの生命力 

田中奈緒子 

 

バクは人の悪夢を喰うと言うが、私は、アーティストとは密かに人々の「夢」を食べて

生きているバクみたいな存在ではないかと思う。夢の中で私たちは自分が行ったことも

ない景色の中を歩いたり、知りもしない人と会話したりする。夢を見たことのない人間

はいないだろう。言い換えればそれは誰もが、外界からの刺激によらず自分の内側で

「イメージ」を作り出す潜在能力を持っている、ということではないか。イメージは、

時に各々の意志にもかかわらず私たちの内側で生み出され、知らず知らずに無意識界の

どこかに留まり、言葉よりも強い影響力を持って私たちの世界観の基礎を成していると

私は思う。その莫大なイメージの巨塔は、日々刻々と姿を変えながら時代精神の匂いを

放ち、人はそれとともに呼吸する。アーティストはその大量のイメージを敏感に感じ

すくい取り、なんらかの形で具現化しようとするのではないだろうか。もちろんその際

彼は自らの想像力を駆使する。どんなテーマが扱われるにしろ、アートが学問と違うのは、それがある個人の主観を通して描写された世界だということだろう。アートの

不思議さは、一人の人間の主観から出て来たものなのに、時代も文化も超え他の人間の中に響いていくその力にある。人はある作品に感銘した時、これは私に向けて作られたものだと感じることがある。淀んでいた意識が流れ出しハッと何かを理解したり、自分でも

気づいていなかった感情が形になることがある。この不思議な力は、アーティストの

想像力と創造力だけに起因するのではないはずだ。絵画でも演劇でも音楽でも詩でも

いい。どんな媒体にせよ力のある作品とは、それに触れる者の内側に響いていき、そこに有機的なプロセスを発生させる。アーティストはそのきっかけを起こす装置を精魂込めて作り出す。しかし究極的には、鑑賞者の内に生まれ育つこの「何か」こそ、本当の作品

―アートそのもの―とは言えないだろうか? 

 

 私が一人の美術家としてこの命題を問い始め、時に驚きを持ってそれを体験し、確信を

深めることとなったのは、上演する形をとるパフォーマンス型のインスタレー ションを

展開してきたことに関係する。学生時代から(大学の所属は油彩画であったのだが) 光と影の投影によって紡ぎ出される映像現象に魅了され、主に光やレンズを用いて空間インスタレーションを制作していたが、90 年代の終わりにドイツへ渡り偶然にも舞台芸術の世界と関わるようになると、そこに時間軸の加わったパフォーマンス型の作品を作り始めた。 デュッセルドルフ芸術アカデミー在学中に同地で知り合ったコレオグラファーとデュオを組み、10 年近く共同制作の形で活動後、2007 年ベルリンに拠点を移し、以来コンセプト

・舞台造形・演出・音響・パフォーマンス全てを自ら総合的に制作するという特殊な形でソロ活動を続けている。私は本来美術家であり、素材を用いて目に見え形あるものを造形する表現方法に立脚するが、私の興味は、見えるものの更に向こう側にあると言える。

周知のように、パフォーマンスひいては舞台芸術の造形芸術との決定的な違いは、それが鑑賞者にとって生の体験であり、繰り返されることのない消えものだということである。 行われるその時にしか存在しないこと。パフォーマンスはその宿命から逃れられない。

このことは単純であるようで奥が深い。作品は消え、痕跡だけが 残る。しかしそれは鑑賞者の頭の中で記憶として姿を変えながら生き続けるのだ。 

 舞台芸術と造形芸術との狭間で、消えるものと消えないもの/見えるものと見えないものの間で試行錯誤を続ける中で、私は「影」を再発見することとなった。この度、郁文堂さんから日本へ紹介していただくことになった書籍『影の三 部作』は、文字通り影を表現

主体としたインスタレーション・パフォーマンスのシリーズ (2010-2015) を記録し、本の形態への転換を試みた作品集である。影は日常的でありふれたものであるが、一歩立ち止まり考えてみればとても不思議な存在であると気づく。それは目に見え時に形として認識することができても、触って確かめることはできない純粋な現象だ。私たちの内側の世界もどこかそれに似て、感じることはできてもその所在も確かめることはできない現象ではないか。影は、私の問いかけの世界を具現化する格好の媒体となった。

自身の手によるオブ ジェで構成されたインスタレーションの中を、私は小さな豆球を

手に探索の旅に出る。立ち現れる影の世界は巨大に膨らみ、観客も含めた空間全体を飲み込み、揺 さぶり、まさに幻影のように現れてはまた消えていく。このシリーズは反響を

呼び、欧州各国の芸術祭に招聘され様々な国の観客の前で公演する機会に恵まれることとなった (日本では越後妻有アートトリエンナーレや京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 等にて公演している)。公演を重ねていくうちに私は、 面白いことに

気がついた。公演の後、必ずと言っていいほど観客の誰かが私のところへやってきて、

素晴らしかった、と言う―それはよくあることである。でもそれ だけではなかった。

人々は私に彼らの見た/体験した世界を話しに来るのだった。作品はまるでロールシャッハ ・テストのようにして人々の心情や記憶を映し出した。ある人は火の海や草原や洪水を

見たし、ある人は森の中を彷徨い、またある人は子供部屋で一人で天井を眺めていた。

イタリアでは訛りの強い英語で、スペインではおばちゃんが身振り手振りを添え、

セルビアでは内気そうな青年がおずおずと通訳を連れて私のところへやって来た。そして多くの人が語るのは、子供時代に感じたことや、体験した風景だった。それは誰かが大事な宝箱を開けてひっそりと中を見せてくれるのに似て、とても個人的であったが、私は

その豊かさに打たれ、心を動かされた。私の投げた仮象のイメー ジは、まさに影であり

言葉通りに消えてしまう。公演後の舞台には、インスタレーションだけが残る。その残骸を眺めながら、多くの観客はいつまでもその場を離れようとしなかった。繰り返し繰り返しこのような体験を重ねる中で、上述した「私 たちの内側のイメージ」をめぐる私の考えは確信となっていった。 

 

 今日、私たちは毎日大量の情報の中で生きることを強いられ、世界中で起こる事件、

雑事、意見や感情がメディア上に溢れかえる。テレビを、PC を、スマホ を消して、自分の内側に耳を傾ける時間と空間はどれだけ残されているのだろう。人々が自分自身と

向き合うことを徹底して阻む方向へと、社会は全速力で動いて いく。自分は誰で本当は

何を感じているのかなど、考えさせない方向へと。内省されないまま放って置かれる

「私たちの内側のイメージ」はネットの世界にダダ洩れし、それはまるで腐敗しかけた

ゴミが浮遊する海のようだ。このような今だからこそ私は、アートの持つ詩的な感応力を今一度真っ向から捉える感性と勇気が大切だと思う。どの時代でもアートは、その時々の精神を反映する重要な役割を果 たして来た。けれど現代のアート界を (ここではドイツを中心に据えて言えることだが) 眺めてみると、アートは未だかつてないほどにその意義を

分析され社会的な機能を課されている。あらゆる作品は社会的・政治的な文脈で理屈付けされ、何らかの既存の価値を弁護したり告発したりする責務を負わされているかのように も見える。そこでは本来アートが内包するはずの詩的な感応力やイメージの力は、大切にされるどころかむしろ無邪気なものとされ、それに焦点を置こうものなら、現実逃避または時代錯誤とみなされる節もある。啓蒙の光が強すぎて、アートの 生命力の泉が枯渇して行くような印象を私は受ける。 

それでも、いやだからこそ、私は一人のアーティストとして様々な国で、 人々の 内側に

生まれるイメージに触れ心を打たれた体験を何よりも大切に思う。作品と鑑賞者の間に

息づく不思議な力を、信じ続けなければと思う。インテリで気難しく批判的なベルリンの観客でさえ、言葉にすることのできない詩的な何かへの憧れと渇望を内に秘めていることを、作品公演をするたびに私は確信するからだ。それは、人が自分自身の内側へと向かうことを触発する、アートだけが持つ魅惑的な力であり、誰もがイメージを作る潜在能力を秘めている証拠なのだ。

(たなか・なおこ 美術家) 

© 2019 Naoko Tanaka